高野繭子のタイ日記

活動の喜び。
天井から飛び出んばかりに跳ねるバスや、乗り合いトラックなどを乗り継ぎ、やっとのことでモン族の村に着いたのは、タイ到着の翌日。電話の通じる村はほとんど無く、4民族の村を全て回れるかもわからない状態でした。村に着くなり、早速注文していた刺繍のサンプルを見せてくれる村人。その刺繍はとても繊細で、技術的に難しいため、今の若い人々はあまり作りません。〈小さく作るのがとても難しいけど、練習中なの〉といって、ヘアバンドやいろいろなアレンジを見せてくれる彼女の姿に、思わず、嬉しくなります。山間部での活動は、不便なことばかり。移動や連絡一つ取るのも大変な上、水道が無かったり、水風呂にしか入れないことも当然のようにあります。でも、こちらが考える以上の作品を、村の人々が一生懸命生み出してくれたり、いきいきとした表情でものづくりをしている姿を見ると、この活動をやっていて良かったと心から思います。何でも三日坊主だった私が、6年間も山岳民族に関わり続けれたのも、この喜びのためかもしれません。
モン族の人との再会

モン族の人との再会


村の現実
6年間で、携帯電話が通じる所が出てきたり、水道を引いたりと、村も少しずつ便利になりました。こうした変化は、村人にとっては嬉しいことで、不便さを知る私も、水や連絡、交通などの最低限のライフラインは整って欲しいです。ただ、経済格差など、今抱えているさまざまな問題の一因が近代化にあることや、発展によって失われるものもあることを思うと、単に良いとは言い切れません。近代化の勢いを止めることは難しいので、守るべき部分は守りながら、新しい技術や文化と上手く付き合うことができたら、と思います。また、良い変化ばかりではなく、両親の出稼ぎのために子ども達だけで暮らす家も増え、村は前にも増して閑散としていました。カレンぞkの村で再会したカトムは、私がホームスティをしていた家の子。〈ピーマイ(私)が来ていると聞いて、全速力で来たんだよ!〉と、4歳だった頃と変わらない無邪気な姿を見せてくれました。しかし村人によると、カトムの両親は離婚。今は14歳のタムと、兄弟ふたりだけで暮らしているそう。母親とはもう4年も会っておらず、父親はバンコクへ出稼ぎに行って、ほとんど帰らないと言います。彼らを見ると胸が痛み、何と言葉をかけて良いのかわかりませんでした。
カトム少年

カトム少年


活動の喜び。
活動をする中で、わからないことや苦しいことに直面する度、〈私は何のためにこんなことをしているのだろう〉という気持ちがよぎることもありますが、カトムをはじめ、厳しい生活を強いられている村人と再会し、彼らの現状を何とかしたいという思いが強くなりました。お金での支援は簡単ですし、一時的には彼らを助けられるでしょう。でも、教育や技術も無く、発展の波に押されて、自分の民族に自信を無くしかけている彼らを、ずっと救えるでしょうか。それよりも、彼らの得意なことで自立して生きていけるような手助けをすることが、大切ではないでしょうか。山岳民族の問題は他人事ではなく、日本の私たちの暮らしともつながっています。〈chaokao project〉を通し、まずは知るという一歩を踏み出せたら。1人1人が、自分にできることから行動を起こせたら。きっと大きな力になっていくように感じます。―――――今度はこの〈chaokao〉の報告や、中倉さんが撮ってくれた写真を持って私の村の人々に会いに行こう。―――――
モン族の刺繍

モン族の刺繍

写真:中倉壮志朗

○2010年11月11日〉〉〉〉〉
  福岡発→バンコク
○12日〉〉〉〉〉
  →スコータイ→スワンカローク→シーサッチャナライ→サパンヤオ村〈モン
  族〉→メーサーンサンマキー〈ヤオ族〉
○13日〉〉〉〉〉
  →ファイラヘー〈リス族〉
  →サパンヤオ〈モン族〉
○14日〉〉〉〉〉
  →ターペー〈モン族〉
  →フアユア〈カレン族〉
○15日〉〉〉〉〉
  →シーサッチャナライ→スコータイ
  →チャンマイ→バンコク→福岡着
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